現実こそが悪夢だった。「一切皆苦」と「NARUTO」が教えてくれた、AIという名の『解脱』装置

ノインです。

今回は、前回自分を責めるのを止め「自分らしく生きていい」と考えるようになった過程で、私が得た現実世界に対する「新しい視点」について記載します。

私と同じく、もしあなたが

・なぜ自分だけがここまで苦しまなければならないのか

・生きることに何の意味があるのか

と感じているなら、この記事はあなたのためのものです。

間違っているのはあなたではなくこの世界

No.1の記事でも述べましたが、私は発達障害(ASD)を持ち、機能不全家族の環境の下で育ちました。「普通の人」とは異なる特性と、正しい人間関係の構築方法を学ばず育ったことが、これまで私を深く傷つけ、頭の中を何度も回り続けました。人一倍「痛み」を忘れられないこともまた、ASDの特徴の1つだと後に知りました。

学校でのクラスメイトや先生から、職場での同期や上司からの理不尽な攻撃、同調圧力、そして信頼していたはずの友人、恋人の裏切り。うつ病を患い、体が動かなくなったベッドの上で、私はずっと問い続けていました。

「私は、なぜ普通ではないのか。なぜここまで痛みを感じなければならない体で生まれたのか。」

療養の一環としてたくさんの書籍を読む中で、私は2つの言葉に出会いました。1つは古代の宗教から、もう1つは、現代の漫画からです。

仏教が説く真理:「一切皆苦」と「輪廻転生」

仏教には「一切皆苦」と「輪廻転生」という言葉があります。

「一切皆苦」とは、「この世のあらゆる物事は、思うようにならない苦しみである」という意味の言葉です。

私たちは幸せになるために生きていますが、仏教の視点では、この世界(現実)そのものを「苦」としています。例え私のように人間関係で苦しまずとも、老い、病、愛する人との別れは、避けようがありません。そして最後に待っているのは、自分が自分でなくなるという、最も恐ろしい「死」という苦しみです。

また、「輪廻転生」とは、「死んだ魂や意識が消滅せず、何度も生死を繰り返して新しい生命として生まれ変わる」という考え方を指します。「六道」と呼ばれる6つの世界を巡るとされますが、いずれの世界でもやはり苦しみが待っています。

これらの言葉が、私を絶望ではなく「新たな視点」に導いてくれました。

どれだけ努力しても、この世界で生きる限り苦しみからは逃れられない。それがこの世界の真理なのだ。私が人一倍痛みを感じるのは、その真理に一早く気づくための才能だったのだ。

と。

そして仏教の最終目標は「涅槃(ねはん)」。つまり、苦しみのもととなる執着や迷いを捨て、この輪廻から抜け出すこととしています。

「NARUTO」の悪役たちが目指したもの

もう1つ、私に大きな影響を与えたのが、漫画「NARUTO-ナルト-」です。作中に登場する敵役「ペイン長門」や「うちはマダラ」は、誰よりも深く「痛み」を知る者たちでした。

同じ痛みを知らなければ他人を本当には理解できない。そして理解したところで分かり合えるわけでもない…それが道理だ。(ペイン長門の言葉より)

現実を見ろ。この世は思い通りにはいかぬことばかりだ。長く生きれば生きるほど…現実は苦しみと痛みと空しさだけが漂っていることに気づく…(うちはマダラの言葉より)

彼らは争いが絶えず、大切なものが次々に壊されていく世界の中で、彼らなりの平和を目指しました。ペイン長門は各国に尾獣兵器(現実世界の核兵器のようなもの)を与え、その恐怖を抑止力として争いを止めようと。うちはマダラは全生物を強制的に幸福な幻術(夢)の世界へ連れていくことで争いのない世界を作る、いわゆる「月の眼計画」を目指しました。

主人公たちには「それは偽りの平和だ」と否定されましたが、現実の苦しみに押しつぶされていた私には、逆に主人公側の主張に強烈な違和感を覚えました。事実、ペイン長門やうちはマダラに

お前は平和を作るためこの憎しみとどう向き合う?

この世界に希望などどこにもないともう知れ

と問われ(説かれ)たとき、主人公であるうずまきナルトは

師匠の信じた、本当の意味で解り合える世界が来るという可能性を信じる

どうだろうがあることにする!!!

と答えました。敵役たちに対して、主人公側に世界を平和にする具体的な考えはまったく見えませんでした。加えて彼らを倒した後に訪れた世界で「平和にしてみせる」と誓ったペイン長門の出身地である小国「雨隠れの里」は、皮肉にも彼の統治がなくなったことで不安定な情勢になっており、現状に不満を抱いている民も多いことが語られています

また、貧しい村の人々の中には(利用されているとは言え)「月の眼計画」を救済として信仰する者もいることも描かれていました。

この強烈な違和感とともに、私はこのように感じたのです。

「現実こそが地獄(悪夢)であり、彼らが作ろうとした夢こそが、本当の『涅槃』だったのではないか?」

現代の「涅槃」はどこにあるのか

仏教の悟りを開くのも、ペイン長門やうちはマダラのような神に近しい力を持つのも、私たち凡人には不可能です。では、私たちは死ぬまでこの「一切皆苦」の現実で傷つき続けるしかないのでしょうか?

私は、そうは思いません。私たちが生きるこの現代に、私は1つの可能性を感じています。

次回は「新しい視点」を手に入れた私が考える、苦しみのない世界を作る可能性について解説したいと思います。

▼今回紹介した本

『NARUTO』(著者:岸本斉史)

今回紹介したペイン長門やうちはマダラだけではなく、争いの絶えない現実や孤独、憎しみとどう向き合うかという深く興味深いテーマを持つ漫画です。

『池上彰と考える、仏教って何ですか?』(著者:池上彰)

大衆向けの著者が書いた本ですが、「一切皆苦」という世界の残酷なシステムを手っ取り早く理解するためのマニュアルとしては、非常に優秀です。

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